* あの頃の記憶

オレンジ色の街頭に照らされた
スクランブル交差点でうつむき歩く人々。
華やかなショーウィンドウの前に人影はない。

 
世の中は確かに便利になったが、
人は楽しいのか楽しくないのかあまり明らかにしなくなったようなそんな気がする。
無表情のままスマフォの画面をスクロールしている。


その恩恵は受けた記憶はないが、
ボクはバブルの時代を知っている。

    
とにかく
今の若者には想像もつかないほど街が元気だった。
賑やかで様々なタイプの人々があちらこちらで
ワイワイガヤガヤイチャイチャしていた。

大声で歌ったり叫んだり笑ったりする若者がいたり
酒を一気飲みさせられて吐いたまま路地で寝込む学生、
裏路地や暗がりなどで小競り合いの喧嘩が始まったりもしたが
今のように大事になることは無く、
特に回りもあまり気にしなかった。

どこの店に入っても賑わっていた。
通りにはインパラやベルエアなどの羽の生えたアメ車が何週も何週もしながらナンパを繰り返し、
携帯電話なんか無いから「電話番号を聞く」のがその日の目的、ステイタスだった。

今思えば
男も確かにウロウロしていたが、女もそれ待っていたように思う。

  

丸井はトレンドの中心だったし、
今見るとぞっとするほどダサいDCブランドが
これでもかと売れていた。

わたせせいぞうのイラストが飾られたクレープ屋はペパーミント色だったしBARは赤紫っぽい色の薄暗い間接照明のカウンターでカルアミルクやピーチツリーFIZZを飲んだ。

学生時代、裸足で雪駄を履いていたら黄色いランボルギーニ・カウンタックLP400が飾られたレストランで入店を拒否された。

クレジットカード会員になるにはかなり厳しい審査が必要だったし、ヤマハのV-MAXはパワーがありすぎるという理由で保険に入れないと噂がたった。
浅ヤンがわけのわからないトレンドを流し、真に受けた女子がわけのわからない服を着てバージニアスリムをふかした。

ねるとん紅鯨団では友達の女子が「ごめんなさい」して得意げだったし、周りのみんなが柳葉、布施、三上に憧れて必死に恋人を探していた。
学生のくせにクリスマスデートの予算が20万円とかいうボンボンや
小さな皮のポシェットバックを小脇に抱えて
ダブダブのベージュのダブルのスーツを着て
きらびやかなレストランでティファニーの「オープンハート」をプレゼントして
ディスコでクアーズを飲んで、苗場へユーミンのライブに行く約束をした。

 
ソアラやスープラで意味も無く横浜ベイサイドをドライブし、箱根のターンパイクで走り屋のドリフトをカーブで観戦し、履歴書には「趣味:ドライブ」と書いた。
床にじか置きのマットレスのベットでVHSのヴィデオをレンタルして「レインマン」や「危険な情事」をカウチポテトしながら観た。

 

変な形の家があちらこちらに作られ、突貫工事のビルディングも変な形をしていた。


TVをつけても単純なラブストーリーか、
ドッカンボッカンのピストル撃ちまくりの
ハチャメチャ刑事モノばかりで

 

とにかく
みーんな格好つけていた。

 

男も女もみんな元気だったあの時代。 
今が良いのか。あの頃が良いのか。

 
ま、
そんなことを比較するのはナンセンスかな






ところで石井明美の歌うcha cha chaの

「ヴァージン気分 ちゃちゃ」 ってなんだよ

 

2016.12.01 Thursday * 23:18 | 妄想 | comments(0) | trackbacks(0)
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